Session #14

戦争の傷跡




今や高校野球の殿堂として国民に広く知られている阪神甲子園球場。
しかしあの太平洋戦争の傷跡はここにもしっかりと刻まれていたのです…



私がそれに気付いたのは今年の2月、甲子園に取材に行ったときのことでした。
今思えばあの冬の曇天はわたしに何かを告げようとしていたのかもしれません。
そして私は発見してしまったのです。甲子園球場の秘密を!!!
私は恐る恐るシャッターを切りました。が、後日現像してみると何も映っていないでは ありませんか!
ここでは再現イラストでその秘密に触れてみたいと思います。
まずは今月の少年エースをご覧ください。395pの2コマ目に このような表現があります。
「なにを馬鹿なことを…」
と思う方が多いでしょう。 しかしこれは事実に基づいて描いたシーンなのです。


なんと甲子園球場の内部には隠し通路が蟻の巣のように張り巡らされており、 地下には東京ドーム20杯分にも及ぶ広大な空間があったのです! そこには夥しい数の兵器がいまにも動き出さんと格納されていたのです!!!!!

その地下秘密基地への入り口はブルペンにありました。
遠山や田村やリベラが肩を仕上げている一塁側のブルペンです。
彼らも恐らくそんなことなど露知らず投げているのでしょう…
では何故このような施設があるのでしょうか?
石原莞爾。かれは昭和の初頭、「最終戦争論」を掲げた軍人です。彼についての 説明は割愛します。問題は「最終戦争論」で、超簡単にいうと
「東洋と西洋の間に最終戦争がおこる」
という一種の思想で、当時の軍内部で信望を集めました。
これをどう聞き違えたのか、
「関東と関西の間にも最終戦争がおこる」
と言い出す人たちがいて、攻め込んでくる東京に対して守りを固めるべきだ、 と軍備を整えました。その一端として タイガースを守るべく備えられたのが甲子園地下の秘密軍事基地だったのです。
石原莞爾は結局失脚し、あの戦争へと突入するのですが曲解された思想だけが 遺産として残ったのです…


「関西人は何を考えているんだろう…」
そう思った方もいると思います。しかし関東にも最終戦争論を同じように 曲解した人間がいて何を隠そうあの都庁ツインタワーは東京タワーと 合体して巨大ロボになるという情報を掴みました(未確認)。軍備を整えたのは関西だけでは なかったのです。
☆今月のボツ☆
サッチーの死によってあの論争終結
いつまで続くんでしょうね。日中のテレビはこの話題 ばっかりで反吐がでそうです。


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