Extra Session

「長恨歌」




1998年師走、私は元寇、いや原稿をなくすという不幸に見回れました。
「おのれがアホなだけやんけ」
果たしてそうでしょうか…今回は予定を変更してたの甲通信番外編としてこの問題を 検証したいと思います。




その日、私は原稿を持って秋葉原から総武線に乗りました。 アキバで電子部品の醸し出す香りを堪能してやや注意力が散漫になっていたのかもしれません。
電車に乗り込むとバカそうなガキが車内でヨーヨーをやっていました。
「こういうガキは窓から放り出して神田川の藻屑にしてあげるのが一番かしら」
などと考えていると、


「このガキャアアアア!うっとうしいんじゃ!!!!」
一見してアルコールが入っていると分かるおじさんがキレました。
しかしちらちらと見える胸元には”絵”が描いてありました。 どうやらこのおじさんは体中に絵を描いている人のようでした。
ところがそのガキの母親らしき人物が現れ、
「うちの子になにすんのよッ!!!!!」
このおばさんも歳は40位に見えるのに何故か紫と赤に髪を染め、 どこかの部族のしきたりなのでしょうか、とても派手な化粧をしていました。 私は魔よけか何かかと勘違いしてしまいました。
ガキは大声で泣きわめき、おっさんとおばさんは一触即発でした。
そのとき私は…

そそくさと電車を降りました。もう少し見ていたかったのですが電車が目的地へ 着いたのです。おっさんとおばさんを名残惜しく見つめながら見えなくなるまで 見送りました。
そして気が付いたのです…


原稿がない
電車の中に忘れてました。あわてて届けました…
1999年1月26日今日現在、JR東日本から連絡はありません…





☆今月のボツ☆
人として私がボツ…


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